2016年8月16日火曜日

日系俳優のジョージさん

アメリカ・エンタメ界隈のニュースでなるほどな…と思うものを見つけました。


アメリカの変化が多少わかる記事です。
記事文内の『60年代は黒人と白人のキスさえ許されなかった』には驚きました。

映画『招かれざる客』は1967年の作品だったんだな~と振り返ると、なるほど感がありました。
(1回しか観てないですが…)

勝ち組に属する黒人男性でないと白人女性と結婚の話すらならない…というのが、リアルな映画だな~と感じる。

白人女性はトロフィーワイフ。
それはブラジルの日系人の世界でもあった話。

ジョージさん、ダンディーな爺様で素敵です!

容赦ない苦労が人生に襲いかかったりしますが、長生きするとよいこともある…と励まされました。


2016年8月12日金曜日

恋の想い出…&その回想曲

真夏の8月になったことに気づき、ふと切なくなりました。

私の去年の元彼と交際スタートしたのが去年の8月でした(過去記事に書いている人のことです)。
あれから1年経つのか…と、感慨深いです。


頑張って今年からSMの出会いの数もこなし、フェードアウトもしてきました。
単なるプレイ友人&真面目な恋活・婚活両方をSMでしてきて
SM愛好家で惚れれそうな男性は3人でしたが、うまくいかずフェードアウト。

気づきはちゃんとあって、自分の好みを把握&理解できるようになってきました。

お兄さんキャラが好きなようで、私が男性に求める要素はこの部分なようです。

疑似父兄感情を満たしてくれる男性を好きになる…。

昔から男性の好みが変わってないようです(ときめく度に毎回再自覚するんですが)。


私の初恋(※人格形成期頃)は、高校の男性担任教師(妻子ありの中年)でした。

昔から理想主義、懐疑主義的性格の私は(若い頃はものすごく強かった)教師という存在に不信感が強かったのです。尊敬できない人ばかりだと(人間がつまらない的な)。

でも、その先生(N先生)は生徒を抑圧したり枠に当てはめる感じの先生でなく…
人格に深みがあるなぁ…と、いい教師であることに気づいていきました。

元が教師嫌いでしたので強いギャップがあったんだと思います。


N先生が担任だったのは、高校1年だけです。
高校2・3年は、別の方が私の担任になりました。

連続して同じ担任でなかったことに、私は落胆してました。
それでも自分の感情に私は全然気づいていませんでした。

N先生に対して、人間的な好意から恋心を自覚した瞬間は今でも覚えています。

N先生は理科系教科(物理・生物等)担当で、高2の初夏頃の生物での授業に
生物室で顕微鏡を使うことになりました。

私は顕微鏡の準備で、うまく対物レンズ(プレパラートに接する方のレンズ)をセッティング出来ず
オタオタしていました。

すると、それを見つけたN先生が…

「あれ大丈夫か?山田(←私の仮名の苗字)は
絵が描けて器用なのにこういうのは不器用なんだな」と、私の方はレンズを支えて
先生がくるくるとまわしてレンズをセッティングしてくれました。

N先生は、なんともなく私の手に触れていたのですが…
私はその時、自分の気持ちに驚いていました。

その瞬間に恋に落ちたのではなく、N先生と手が触れたことが嬉しかったのです。

『あれ?(N先生と手が触れて)私、何嬉しいと思ってんだ…?えっ?!えーーーー?!』
と、授業中に動揺しました(授業が頭入ってない…苦笑)。

それからは、純情片想い乙女な日々です(汗)。

N先生の顔を見れるだけで嬉しい。喋れるだけで嬉しい。
(担任でなくなったので、簡単に顔を見れなくなってしまった)

なんともない日々に、ちっぽけなことで幸せ・嬉しさを感じることが出来るのが恋の素敵なところでしょう。

だるい朝の目覚めが変わり、ワクワクして朝を起きれてる自分に気づく。
廊下を歩いたりしている時、無意識に目がN先生を探している自分。
書類等でN先生と同じ名字を素早く見つけ、それが別人と気づき「なんだぁ…」と
ため息をつく自分。
近くに接近出来るだけでドキドキして嬉しい自分。
N先生を一度も見かけれなかった日は運悪いと落ち込む自分。

勿論、妻子持ちの高校教師に告白なんて出来ません。

まさに村下孝蔵さんの『初恋』の世界です!(you tube)

N先生への初恋は、この曲が物語ってくれています。
この曲聴くと、懐かしい気分になれます…(泣)。
学生時代の片想いの名曲過ぎる。

N先生には担任でなくても、卒業まで見届けて欲しかったのですが
私が高3進級すぐ異動になることを知り…大変なショックを受けました。

受け持つ学年の生徒と一緒に持ちあがり、普通は卒業まで見届けていくのですが、
N先生が高1&高2で担任したクラスの生徒に退学者が1人ずついたことが立場的に
影響したみたいでした(まぁまぁ進学校なのに)。

容赦なく突然訪れた別れ。

感情を殺してましたが強い絶望を感じていたことを覚えています。

それから、なんと私はN先生に対する恋慕を約10年弱ひきずるのです。
「私を理解してくれ、荒削りの部分から私の未来を信頼してくれたのはN先生だけだ」と。

20代後半になり結婚適齢期で、ひきずっててはダメだとN先生の写真を捨てたりしました。

それで運が変わったのか…去年の元彼と出会うことになりました。


私は彼との初対面で衝撃を受けました。

私は重い問題を抱えていて、当時とある心理衝動で悩んでいたのですが…
彼がズバババババーーーンと深層心理分析をしてくれ憑き物を落としてくれたのです。

ヒーローが私の目の前に、私の人生に現れた…と思いました。

頭がとても良く頼りになる感じの雰囲気などに、私は強い尊敬の念で一気に恋に落ちたのです。


まさに「ラブ・ストーリーは突然に」でした…(クリス・ハートさん版のyoutube)。

短期間の交際で終わってしまいましたが…大失恋でした。
あれからどうにか痛みや黒い感情も癒えて、今どうにか想い出に昇華させようとしているところです。

N先生への叶う訳のない純情片想いとは違う、交際まで行った恋愛の大失恋は
初めてなので、なんだか大変。


SM恋活してるのは、強引に元彼を忘れるためにしているんじゃないか…?と、ある日思ったりした。

男性判断する時、元彼を基準している自分に気づく。

今年5月、恋愛になりそうな気の合ったM男君に「元彼のことまだ好きだよね?」と指摘されるが慌てて否定する。
今年6月、恋・婚活がうまくいかなくて占い師さんに運勢をみてもらい「まだ元彼さん好きなんだね…。自分磨きしながら忘れなきゃ」と図星指される。
今年7月、同窓女性友人と遊んだ時「元彼のことばかり喋るね。まだ失恋乗り越えれてないんだね。きっとその経験が表現の肥やしになるよ…」と慰められる。

そして、この記事もウルウルしながら書いている私…。

大失恋してよかったことは、数々の失恋の楽曲の切なさを深い部分から理解・共感できるようになったことです。

失恋した時は、失恋の曲を聴いてちゃんと悲しんで涙を流すのがよい…と、心理学的なアドバイスをどこかで読んだ気がします。

現時点のこの感情の正体は、正直よくわかりません。
失恋から立ち直る最終ステージの単なるセンチメンタルなんだろうか…。


別れ直後は黒い感情に支配されてましたが、それが落ち着くと…
交際未経験時代には分からなかった、1人でいる孤独を強く感じて大変苦しくなりました。

自分の生い立ち・悩み等の深い部分を知っている相手を失った辛さは、私を不安定にさせました。
私は元彼から、頼りになる部分から安心感をもらっていたことに改めて気づきました。

寂しさが体がえぐる様な感覚で襲ってくる。
元彼につくったメニューを自宅で無意識に作ってしまった時、幸せな時を思い出してしまい心臓にアイスピックが刺さった様な痛みに、のたうちまわる。
元彼には好きな動物のモチーフがあり、それをショッピングしてるお店で見ると、思い出して苦しくなる。

苦し過ぎて痛みから逃げていたのか…
失恋の涙を流せたのは(大号泣)、別れから2カ月後でした。

その時、やっと喪失にしっかりと向き合いました。

心情的にこの曲が合っている気がします。
タンポポ「ラストキッス」
(↑当時アニソンで知って、アニメ内の女性キャラの片想い曲として共感していた。
自分の失恋で共感するとは思わなかった(汗)。)


失恋に向き合うと、彼の好きだった部分が自分の中でその時になってから具体化され回想されていきました。

キッチンに立つ彼の後ろ姿の見るのがお気に入りになっていたこと。
人生経験からくる教訓気づきを何気なく会話に入れる喋り方。
匂い。
声。
チカラ強いハグ。
…。

鬼束ちひろ「眩暈」、女性側がもつ男性への萌えポイントを爽やかにサビの一部にしています。


最終的には、自分にも反省するところはたくさんありました。

彼からもらいたいばかりの恋愛になっていたように思います。
父からもらえなかったものを、彼からもらおうとしすぎてしまったとも思います。

恋愛は親子関係に強く影響される。


女性向け&男性向け恋愛小説・漫画には、カウンセリング恋愛ものがあります。
神父のようなヒーロー、聖母のようなヒロインが主人公の傷を癒し、支えてくれるジャンルの物語です。

そんな恋愛は現実では不可能。
最近読んだ心理学の本に、そう書いてありました。

私は彼に神父ヒーローを要求してしまった。
彼もまた成育家庭で強い痛みをもっている人物だったのに。
彼が初対面で私を救えたのは、彼も過去似たようなことで苦しんでいたからだった。

過去の痛みは、セラピー・ヒーリングで癒さなければならない。

疑似親的な愛情を、恋愛相手だけから求めるのでなく、恩師・先輩や上司にもらうのも
精神的に栄養になるようです。

親子間の愛と、男女間の愛は違う。
まだ私は人を愛するために色々と成長しなければならないと思います。


今は元彼の幸せも本心から望んでいます。
ありがとう。


2016年8月9日火曜日

とある青年の死

LGBT当事者として悲しく辛い事件を見てしまいました。


この事件は、難関有名大という世界なのに起きたセクシュアル・マイノリティー無知が含まれていて
いるように思う。



↑同大学卒業の先輩の記事を見つけました。 後輩が亡くなるというのは身近に感じて悲しいのだろう。


学生というのは、純粋な気持ちで人を好きになる年齢だと思われる。
優しい、楽しい、正義感・責任感が強い、…そんな美徳を感じて人を好きになる年頃だろう。

私個人の勝手な推測ながら、そう思うと悲しくなってくる。


私はバイだが、ストレート女性は恋愛対象にはしません。

亡くなった青年は、LGBTコミュニティでの恋活みたいな意識したパートナー探しでなく、
自然に恋愛感情持った相手に告白したのだろう。

だから、より切なくなりました。

その純情がズタズタにされる。

マジョリティ達の世界で、彼らから強烈な白眼視される恐ろしさで青年は強い不安に襲われたんだろうと思います(他にも複合的な絶望もあったと思いますが)。

真面目なLGBTの若者で、色々と苦しみがある方(大抵の方はそうだろう)はまずNPОとかのコミュニティで仲間を求めてみてはどうか。


いきなり恋愛相手を求めるのではなく、相談できる知人・友人つくりからがベターでしょう。

SM界と同じようなステップを踏む感じでしょうか。



↑有名なLGBT活動家のアドバイスです。内容読むと、泣けます。

マイノリティーというのは、逆境で孤独で過酷な人生ですが
その分人の痛みがわかることが出来、大変優しくなれるプラス面もあると思います。

人格的に素敵な人達との出会いに未来への希望を持ち、生き抜いて欲しいと思います。


2016年8月7日日曜日

2016年のオリンピック!

リオ五輪が開幕し、4年に一度のスポーツの祭典がブラジルのリオで行われています。

7月に私は『リオ五輪に向けて…奴隷のダンス、そして日系人』記事内でカポエイラ関連で色々と書いています。






この手の記事には以前から、日系人当事者として色々と思うものがありました。

右よりの新聞だと、ブラジル日系人に対し祖国・日本に強い愛国心を持っていて欲しい…的な論調(色)の記事に違和感を持っていた。

その記事内の取材した日系人は現地の日本右派団体の方なんじゃ…?と推察したりしていた。


基本的に、メディア(新聞・出版等)にはバイアスかかるのは仕方のないことです(あえてかけているとは思いますけど)。

今も思うのは、日本に対する郷愁を持つ日系人を期待する・望んでいる記事に違和感を持ちます。
移民(移住)した代の方なら、わかりますが…子孫はどんどんと現地に馴染んでいくものです。

例えれば、アメリカ人で『私は家系の祖国イタリアが懐かしい!イタリア万歳!』と言っているアメリカ人を、あまりみたことありません(あくまで例です)。
家柄が立派な方(政治家輩出など)は、今も大事にしていたりするとは思いますが。
(※私はアメリカ白人の移民史(祖国別の)には詳しくない)

私はツイッターで、アメリカ現地の日系アメリカ人女性と会話したことがありますが…
『若い世代は日系アメリカ人でなくアジア系アメリカ人というアイデンティティーになり、ルーツに対する意識が薄まっているよ』とその方の周囲のことを教えてくれました。

あぁ、そんなもんだよな…と思いました。

そして、それでいいと思います。


私の母の実際のエピソードですが…
母自身はブラジル人の意識でブラジルで育ちました。
当時の食事もブラジル文化(南欧系に色々混ざった感じ)で暮らした。

母本人は、ブラジル人だという意識はある。

しかし、日系ブラジル人の母に対し、意地悪な人達は「君は、味噌みたいな変なの食べてるんでしょ?」と嘲笑してきて『境界線を引いてくる』。
(※この言葉には味噌は大便みたい…という見方が入っています)


多少、日本の文化が残ってはいるが、ブラジル文化を取り入れた日系ブラジル人をブラジル社会の仲間に見てくれない悲しさを母は感じたらしいです。

「チンチョンチャン」という極東アジア人に対する侮蔑嘲笑語が欧米にあるそうですが…
似たようなことはブラジルにもあったのだ。



過去、日本にあるブラジル人町で有名なタウンのルポをテレビで観たことがありますが…

日系ブラジル人の女性が、半泣き状態で「ブラジルでは日本人と言われて境界線引かれて、ここ日本に来たら、ブラジル人と言われる」と言ったのが印象に残っています。
その女性は、私の母みたいな辛い思いしたのね…と切なくなりました。


ハーフの方が国と国との間で挟まれて、どっちつかずの扱いにされて孤独を感じる問題がありますが…
それは日系人にもある問題です。

ハーフ関連の執筆で活躍している女性、「サンドラ・ヘフェリン」さんのサイトのコラムには
真面目なことが色々と書かれています。

コラムに対するコメントも、当事者の方達(ハーフ)で集まっているので読むと、
選んだ言葉掛けが必要なことが伝わってきます。


ルーツ・アイデンティティーは繊細で難しいものです。

この機会に、やや傲慢な日本側の日系人に対する目線に気づいて欲しいと個人的に思ったりします(私一個人の意見です)。


2016年8月2日火曜日

残虐犯罪について思うこと

先月の7月下旬、朝起きたらテレビのトップニュースに驚きました。



この事件です。

これは最弱者へのヘイトクライム(テロ)な訳ですが…、
事件報道見て、私は家族がハンデを抱えているので大変陰鬱・不安になりました。

「障碍者が生きてちゃダメなのか。それなりに幸せに生きてるのに…」と
ニュース見てハンデを抱えた家族が私に言いました。

その言葉にジワジワと切なくなりました。


私自身、あまりの酷い事件に本当に起きた事件なのかな?と疑いすらした。

日本は衰退に向かっていて、中間層の減少・2極化…等、色々複雑な要素も絡み合い、
識者達は危機的な状況を何年も前から啓発しています(私には説明する体系的な知識無いので書けませんが)。

こーんなfemdomブログで政治ちょこちょこ書くから、M男知人を失ったりしました。
『あーぁ…ブログから政治色記事は抜くかな?なら、せめて社会系にしよう』と思ってましたが…
この事件は書かずにはいられない、と思いました。

キレイゴトはありえず、どんな人間も何かを無意識的に差別しているのものですが…
(どうしても生理的に受けつけないもの等)
堂々とヘイトするのはよくありません。




この事件で新書『下流中年』内の雨宮処凛さん&萱野稔人さんの対談を
思い起こしました…。

経済が悪くなっても、心の豊かさは意識して維持したいものです。